今年も、稲刈りが終わりました。

今年は雨の日が続き、
「いつ刈れるかなぁ。」と何度も空を見ていました。
その合間の、ほんの少しの晴れ間に無事に稲刈りを終えました。
今年も、おいしいお米ができました。
刈り終えたお米を見ながら、以前どこかで聞いた言葉を思い出しました。
「稲は、未来の自分。」
その時も「なるほどなぁ」と思ったのですが、
自分たちで育てたお米を目の前にすると、急に親近感が湧いてきます。
(最近の研究で人と稲の遺伝子構造がとても似ているというお話も聞きました)
このお米を、私はこれから食べる。
食べたものは、私の身体になる。
ということは、
この目の前にあるお米は、私!?
そう思ったら、なんだか面白くなりました。

土から芽が出て、
雨が降って、
太陽を浴びて、
風に吹かれて、稲が育つ。
そのお米を食べて、私たちの身体になる。
そして、いつか私たちも土へ還る。
(「土へ還る」といういことは
元々は「土からできている」と昔の人は知っていたのですね。)
最初からずっと、大きな循環の中にいるだけ。
そんなことを考えていました。
そして、
「麻にも惹かれるのも同じかも。」と思いました。
麻も小さな種から始まります。
土に種をまき、雨と太陽を受けて、人の背丈を越えるほど大きくなる。
それを人の手で刈り、茹で、乾かし、発酵させ、剥いで、磨く。
そうして精麻になり、縄や暮らしの道具になって、人の暮らしの中へ入っていく。
お米と麻。
食べるものと、暮らしに使うもの。
用途は違うけれど、同じものに見えます。
土から生まれたものが、人の暮らしへ。
昔の暮らしの資料を読んだり、おじいちゃんやおばあちゃんのお話を聞いたりしていると、
食べるものを育てることも、
着るものや縄の材料を育てることも、
今より暮らしのすぐそばにあったのかなと思います。
だから私は、麻についても、
「麻はこういう植物です。」
「こんな歴史があります。」
と知識だけを伝えたいわけではないのかもしれません。

実際に触ってみる。
撚ってみる。
着てみる。
つくってみる。
「気持ちいい。」
「懐かしい。」
「難しい!」
「楽しい。」
そんな、自分の身体から出てくる感覚も味わってもらえたら嬉しい。
今年育った麻も、もうすぐ私のところへやってきます。
夏に畑で会った麻と、今度は美しい精麻になって再会します。
そして、それをまた皆さんの手へ。
地球から貴方の暮らしへ。
別々のことをしているようで、私はずっと同じものを見ていたのかもしれません。
土から生まれて、私たちの暮らしへ入り、また巡っていく。
自然を大切にしなきゃ、とか、
昔の暮らしに戻らなきゃ、とか、
そんなことを言いたいわけではなく、
ただ、目の前のお米を見て、
「これ、未来の私かも!?」

と思ったら、なんだか愛おしく見えた。
麻も、お米も、私も。
思っているより、ずっと近いところにいるのかもしれません。
そんなことを考えた、今年の稲刈りでした。
さて。
今年のお米、いただきます^^

