第2話|地球と一本の線で描ける人

前回の投稿で、

私が藍を好きになった理由は、

ある冬の朝にあると書きました。

それは、インドの田舎の村で見た景色です。

観光客の姿もない、小さな村。

冬の大地は乾き、

草木は枯れ、辺り一面が土の色に包まれていました。

一日の喧騒が始まる前。

朝靄の中から、ゆっくりと朝日が昇るころでした。

遠くから、赤いサリーをまとった女性たちが歩いてきました。

頭の上に籠を乗せ、

地平線の上を、まっすぐに歩いていました。

朝日の前で輪郭がぼやけ、

大地の中へ溶けていくような姿。

私は、目が離せなくなりました。

誰かに見せるためでもない。

自分を飾るためでもない。

大地から生まれた色を身にまとい、

今日を生きるために、ただ歩いている。

そこには、余分なものが何もありませんでした。

大地から人へ。

人から布へ。

そして、布をまとった人が、

再び大地の上を歩いていく。

その姿はまるで、

大きな地球と一本の線で描かれているようでした。

なんて美しいのだろう。

なんて健やかで、おおらかで、魅力的なのだろう。

そう思うのと同時に、

私の中には、強い嫉妬のような感情が湧き上がりました。

羨ましかったのです。

自分がどこから来て、

何とつながり、

どこへ向かっているのか。

それを頭で考えるのではなく、

身体そのもので生きているように見えました。

「美しい景色に感動した。」

その言葉だけでは、足りません。

喜びと憧れ。

羨ましさと嫉妬。

圧倒的な美しさを前にした、悔しさ。

いくつもの感情が入り混じり、

心の奥を大きく揺さぶられました。

乾いた土の色。

朝靄の中に滲む光。

賑やかなインドの空気が、

ほんのひととき静まり返る時間。

肌に触れる、少しひんやりとした風。

赤い布をまとい、

大地の上を歩いていく女性たち。

あのとき、心の底から思いました。

「地球と共に生きたい。」

地球を自分のために利用するのではなく、

大きな地球の一部となって生きてみたい。

あの朝がなければ、

私は藍染めをしていなかったかもしれません。

藍染めを、ただ見るものとして。

あるいは、

「守らなくてはいけない伝統工芸」として、

遠くから眺めて終わっていたと思います。

けれど私は、

あの景色の中で見た一本の線を、

正解ではなくてもいいから、

自分の手で少しずつつないでみたくなりました。

「私も、あんなふうに生きたい。」

心と魂の底から焦がれた気持ちは、

十数年たった今も、

私の進む道を静かに照らしてくれています。

次回につづく。(2/5)

この記事を書いた人

mikawaasakoubou